東海道 富士登山

2009年3月8日(日) 18日目

<写真1 シングルルーム>
・・・ 京急神奈川新町駅へ ・・・

                         東海道写真集へ

 翌3月8日(日)6:45起床。シングルルーム<写真1>を出て、朝食バイキング<写真2>を食べに行った。たくさんの種類があったので少しずつお皿に取った。朝食後、部屋に戻り荷物をまとめた。部屋を出てフロントにルームキーを返し、7:45ホテルマロンリゾートを出発した。

 昨夜立ち寄った「祭ずし」の前を通過し、7:48京急鶴見駅に到着。京急神奈川新町駅までの切符を購入し改札を通り、1番ホームへ上がった。7:55新逗子行き普通電車<写真3>に乗車した。

 電車を降り改札を出て、8:05京急神奈川新町駅<写真4>をあとに最後の一日の行程を歩き始めた。 

<写真2 朝食バイキング>

<写真3 新逗子行き普通電車>

<写真4 京急神奈川新町駅>
・・・ 京急神奈川新町から川崎へ 8.8km ・・・

   ★神奈川新町→鶴見★

 国道15号線を東に向かい、8:13日本橋27kmポスト<写真5>を通過した。8:40鶴見区に入り貨物線の高架線路をくぐると、生麦事件之跡があった。事件の碑文を読み撮影などもして出発し、8:45史蹟すぐ先で道を右に分岐<写真6>し旧東海道に入った。

 旧道沿いのキリンビール横浜工場(麦繋がりか?)の前を通過した。旧道は交通量も人影も少なく、JR鶴見線のガード<写真7>をくぐった。ガード下にはトンネル灯や自販機の蛍光灯に照らされた工事用の白シートや赤コーンがあった。

 9:10国道15号線を斜めに横断し、交通量の少ない旧道をさらに東へ向かった。途中、ファミリーマートに立ち寄り、ドリンクを購入。駅に近づくにつれ通りは賑やかになり、9:24京急鶴見駅前<写真8>を通過した。

<写真5 日本橋27kmポスト>

<写真6 右に分岐>

<写真8 京急鶴見駅前>

<写真7 JR鶴見線ガード>

<写真9 鶴見川橋西詰>
   ★鶴見→川崎★

 9:38鶴見川橋西詰<写真9>に到着。静かな流れの北側には東海道線の鉄橋が見えた。さらに歩きJR南武線の高架下をくぐると9:59遮断機が下りかけた京急線八丁畷踏切<写真10>に到着した。

 電車の通過待ちは長く、結局、7分間で7本の電車を見送った。待っている間、手持ちの地図と変則的に道がのびている踏切周辺の道路とを見比べ道を確認した。

 10:06踏切が上がり、京急線に沿う道を北東方向に進んだ。街道は次第に賑やかになり、10:24砂子交差点を通過した。このあたりが川崎宿の中心のようで、道沿いには旧東海道の石碑<写真11>が多数見られた。さらに東へ道なりに歩き、10:47多摩川の六郷橋南詰に到着。橋上で東京都大田区<写真12>に入った。

<写真10 京急線八丁畷踏切>

<写真11 旧東海道の石碑>

<写真12 東京都大田区>
・・・ 川崎から品川へ 10.0km 計18.8km ・・・

   ★川崎→大森★

 多摩川六郷橋北側の河川敷はゴルフ練習場となっていて弧を描いて打席が設けられていた。ゴルフボールが人や電車に当たらないものかと心配した。六郷橋北詰の歩道はらせん階段となっていて、ぐるりとループを一周し国道15号線に合流した。さらに北東進し、11:16日本橋17kmポスト<写真13>を通過した。

 11:42京急空港線<写真14>を渡った。線路は国道15号線と平面交差しており単線だった。六郷橋を渡り東京都に入ってからずっと、京急線の高架工事をされており、歩行者用通路<写真15>は角々と何度も折れ曲がりながら迂回していた。

 12:12大森警察署前を通過。さらに大森東交差点、平和島駅前、平和島口を過ぎた。12:40大森海岸駅前の歩道橋<写真16>を渡り、12:46道沿いのお食事処「まぐま」に入った。

<写真13 日本橋17kmポスト>

<写真14 京急空港線>

<写真16 大森海岸駅前の歩道橋>

<写真15 歩行者通路>

<写真17 カツカレーと生野菜のランチ>
   ★大森→品川★

 店は混んでいた。早く食べられるようにとカツカレーと生野菜のランチ<写真17>を注文したが、いい魚が入る店のようで魚系メニューを注文される方が多かった。

 13:28店を出た。「しながわ水族館」の先の信号を渡ったすぐのところの鈴ヶ森刑場遺跡<写真18>に到着した。このような場は河原などにあるものという先入観があったが東海道に面したところにあった。

 しばらく歩くと旧東海道の歩道は赤茶色に色分けされ幅広くなっていた。歩く人の姿も多い。13:43浜川橋<写真19>に到着。浜川橋は「涙橋」とも言われ、名の由来は鈴ヶ森で処刑される罪人をその親族らが涙ながらに見送った場所から来ているらしい。浜川橋から海(運河)の方に向かって寄り道し、坂本龍馬像を見に行った。この龍馬像は高知市から寄贈されたものとのことである。

<写真18 鈴ヶ森刑場遺跡>

<写真19 浜川橋>

<写真20 鮫洲商店街>
・・・ 品川から日本橋へ 9.0km 計27.8km 累計535.7km・・・

   ★品川→札の辻★

 品川宿の鮫洲商店街<写真20>に入り、14:23目黒川の品川橋を渡った。このあたりが品川宿の中心部のようで人も多かった。旧街道町並みの向こうには高層ビル<写真21>が見えた。

 14:37京急線の踏切<写真22>が降り、電車が両方向からやって来た。また長く待たされるのかと思ったが、後続なくすぐに遮断機は上がった。踏切の先、公園の一角のような道から、束になったJR線路を越える八ツ山橋を渡り、国道15号線と合流した。

 14:48JR品川駅前<写真23>を通過した。駅前は意外と質素で客待ちのタクシーの列が目立っていた。さらに東へ向かい、高輪大木戸跡を過ぎ、日本橋6kmポストを通過し、15:18札の辻交差点<写真24>を歩道橋で渡った。

<写真21 高層ビル>

<写真22 京急線の踏切>

<写真24 札の辻交差点>

<写真23 JR品川駅前>

<写真25 会見之地>
   ★札の辻→新橋★

 JR田町駅を過ぎ、西郷隆盛と勝海舟会見之地<写真25>を通過。さらに15:31芝四丁目交差点<写真26>を通過した。このあたりから高層ビルの間隔が詰まってきた。

 15:39日本橋4kmポスト通過し、首都高の下、運河(古川)に架かる金杉橋を渡った。運河(古川)には停泊船がいくつもあり、地図で確かめると水路は渋谷の方まで繋がっているようであった。

 15:51浜松町一丁目交差点<写真27>を通過し、その先のファミリーマートで缶コーヒーを購入した。16:05歩道は国道を直進できず、JR新橋駅の方に迂回していた。歩道標識に従って東海道線と東海道新幹線の高架下<写真28>をくぐった。高架下の天井は特に低いわけではないが「頭上注意」の看板があった。

<写真26 芝四丁目交差点>

<写真27 浜松町一丁目交差点>

<写真28 高架下>
   ★新橋→日本橋二丁目★

 JR新橋駅を過ぎ、首都高下をくぐると、16:12銀座中央通りの歩行者天国入口<写真29>に到着した。歩道に人は多かったが車道の歩行者天国部分は大した人出ではなかった。車道の中央にはイスやテーブル、日除けのパラソルなどが置かれていた。

 16:16日本橋2kmポスト<写真30>前を通過し、銀座四丁目交差点に到着した。ここには東京メトロ銀座駅の入口や銀座三越などがあり、最も華やいでいるようだった。16:33首都高下の銀座通り口に到着。歩行者天国はここまで続いていた。

 日本橋1kmポスト<写真31>前を通過した。京都三条大橋から東京日本橋までの500km余りの道程のうち残すは1kmのみとなった。JR東京駅へ通じる八重洲通りを渡り、16:43日本橋二丁目<写真32>の高島屋前を通過した。

<写真29 歩行者天国入口>

<写真30 日本橋2kmポスト>

<写真32 日本橋二丁目>

<写真31 日本橋1kmポスト>

<写真33 最後の信号待ち>
   ★日本橋二丁目→日本橋★

 16:49信号待ち<写真33>をした。目の前の首都高高架橋に「日本橋」の三文字が見えた。しばらくで信号は青に変わり、東海道最後の数十mを歩き、16:50日本橋南西角<写真34>に到着した。

 橋を渡り、北西角へ向かった。北西角には「日本国道路元標」<写真35>の石碑があり、黒御影石の里程標には京都市503粁とあった。北西角から信号を渡り、橋の北東角に向かった。そこには「日本橋魚市場発祥の地」の石碑があった。

 日本橋東側を歩き南東角へ向かった。橋下は川が流れ、頭上には首都高<写真36>が走っていた。南東角の階段下には「滝の広場」があった。信号を渡り南西角に戻った。

    日本橋

<写真34 日本橋南西角>

<写真35 日本国道路元標>

<写真36 川と首都高>
・・・ 帰路 ・・・ 

 17:07日本橋(南西角)を出発。八重洲<写真37>からJR東京駅八重洲口へ向かった。途中、格安チケットの自販機があり、「今だけ数量限定特別価格」で京都まで13520円のところ12500円とあった。自販機に現金を入れてボタンを押すと切符は封筒に入れられ出てきたので中味を確認した。周囲に人が集まっていた。これまでも何度か格安チケット店で切符を購入したことがあるが、自販機で購入するのは初めてだった。まわりの人も機械が信用でき、トラブルがないものか興味があったことと思う。

 八重洲通りに出て地下街<写真38>に入った。適当な飲食店を探しながら歩き、17:23食事処「花月」<写真39>に入った。店の表にもメニューはあったが、店内のメニューを見てミックスフライ定食を注文した。店内一階は1/3ほどのテーブルが埋まり、二階からは大勢の声が聞こえた。声は標準語に混じって関西や東北、静岡方面の言葉なども聞こえた。荷物の大きい人、多い人。ラフなスタイルの人やスーツ姿。また家族連れやビジネスマン、週末を過ごしたカップル、単独者など様々な人々が一階レジを通った。

 18:03「花月」を出た。地下街を東京駅八重洲口へ向かい、八重洲口の券売機で新幹線の指定席を確保した。家族にお土産を買ってから改札を通り、18:20発の「のぞみ143号」<写真40>に乗車した。のぞみ号は定刻の20:41京都駅に到着。新幹線ホームから奈良線ホームに向かい20:51発の奈良行き区間快速に乗車した。21:09JR宇治駅<写真41>に到着。乗車券は京都市内までなので運賃を精算し、改札を出て帰宅した。

<写真37 八重洲>

<写真38 地下街>

<写真39 食事処「花月」>

<写真41 JR宇治駅>

<写真40 のぞみ143号>

・・・ あとがき ・・・
 

 京都三条大橋から東海道を歩き、富士山頂を経て、東京日本橋まで530km余りの道のりを18日間、2年1ヶ月の期間で踏破することができました。空と海を見ながら富士山頂へ、そして東京日本橋へと歩きました。日常、愛読している新田次郎氏の作品やその生涯、追いかけてきたもの、纏わってきたものがいくつかありました。
 それぞれ別々の事柄ですが、関連があるように思えてなりません。この二年ほどのいろいろな思いが、この三月に実を結んだことに感謝致します。


2009.3.8(日)の会計 金額
京浜急行、京急鶴見→神奈川新町 150円
ファミリーマート、リポビタンDスーパー 263円
まぐま、ランチ 990円
ファミリーマート、缶コーヒー 100円
JR東京→京都市内、新幹線指定席 12500円
乗り越し、京都市内→宇治 190円
14193円
累計 282536円
★ 17日目のページに戻る click ! ★

東海道写真集へ

2009年4月5日 記


           
東海道記録へ戻る TOPへ戻る
 
inserted by FC2 system